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仙台高等裁判所 昭和43年(う)106号 判決 1968年7月18日

主文

原判決を破棄する。

本件を福島地方裁判所に差し戻す。

理由

<前略>

職権で記録を調査すると、本件起訴状記載の公訴事実中二、の事実は、「被告人は自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四三年一月三日午後六時五分頃、軽四輪乗用自動車を運転し、福島県田村郡三春町字荒町より、郡山市に向け、時速約三〇粁で進行中、酒の酔いがまわり正常な運転ができない虞があつたにもかかわらずそのまま進行し、同郡三春町字鶴蒔田一六番地先の県道に差しかかつた際、前方道路の左方道路の左側附近を被告人の運転する自動車と同じ方向に向つて歩行していた橋本芳光(当三四年)の姿を、一〇米位手前で発見し、その右側を通過せんとした処、かかる場合自動車の運転者たる者は、同人の右側を相当の間隔を空けて追越し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、その右側を僅か五〇糎位の間隔をあけたのみで、漫然同一速度をもつて蛇行して進行して進んだため、折から右橋本がやや右の方に出て来たのを、僅か二、三米の直前で発見し、あわててブレーキをかけてこれを避けんとしたるも間に合わず、同人に自動車の前部バンバー左側を衝突させて、同人をボンネットの上に跳ね上げて左側に転落させ、因つて、同人を翌四日午後四時四〇分頃、郡山市中町五の二五太田総合病院において、脳挫傷により死亡するに至らしめた。」というのであり、これに対して、原判決は、罪となるべき事実の第一として、「被告人は自動車運転の業務に従事していたものであるが、昭和四三年一月三日、福島県田村郡三春町字北町二八番地の実父蔵田正方で、清酒三合位飲んで酔い、正常な運転ができないおそれのある状態になつたのであるが、自動車運転者として、酔いがさめて正常な運転ができるようになるまで運転を避け、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、敢えて軽四輪乗用自動車を運転し、三春町字荒町方面から、郡山市方面に向けて進行し、同日午後六時頃、時速約三〇粁で三春町字鶴蒔田一六番地先道路に差しかかつたのであるが、進路前方約九米の道路左端端近くを、自車と同一方向に歩行していた橋本芳光(当三四年)を認め、その右側方を通過しようとした。ところが、被告人は、酒の酔いのため、注意力が極めて散漫となり且つハンドルを確実に操作することもできず、蛇行して進行したため、自車の前部を橋本に衝突させて、同人をボンネットの上に跳ね上げて路上に転落させ、因つて翌四日午後四時四〇分頃、郡山市中町五番二五号太田総合病院で脳挫傷により死亡させた。」旨認定している。しかしながら、右公訴事実と原判決の認定事実とを対比してみると、公訴事実が、軽四輪乗用自動車を運転した被告人において被害者橋本芳光との間に安全な間隔を保たないでその右側を進行しようとした点に被告人の過失が存するものと主張しているのに対し、原判決は、被告人が運転開始前、酒に酔つてすでに正常な運転をすることができない状態にあつたこと、したがつて、右自動車の運転を敢えて開始しこれを中止することなく継続した点に被告人の過失が存することをそれぞれ認定しているものと解されるのであり、してみると、両者は、その主張ないし認定にかかる被告人の過失の態様およびその存在時点を異にしているのであつて、このように原判決が、訴因として掲げられた過失とは異なる別個の過失を認定するには、その旨の訴因変更手続を経なければならないものと解するのが相当である。しかるに、原審でこの訴因変更手続を経由した形跡は記録上何ら存しないのであつて、してみると、原判決が、この手続を経由することなく、直ちに右のような過失を認定したのは、訴因の拘束力の範囲を逸脱しかつ被告人の防禦に実質的な不利益を及ぼすおそれがあるものとして違法であるというべく、この訴訟手続の法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである。そして、原判決は、右業務上過失致死罪と判示第二の酒酔い運転の罪とを併合罪として、一個の刑をもつて処断しているから、その全部について破棄を免れない。(なお、酒酔い運転の罪と業務上過失致死傷罪との罪数関係については、当裁判所昭和四二年五月一一日判決、高裁刑集二〇巻四号三九一頁以下参照)<以下略>(有路不二男 西村法 桜井敏雄)

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